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2019年03月26日
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黒タイ締めて行ってきました

2010年04月23日
 水曜、木曜と、伯父の通夜、告別式に列席しました。
それはいいとして、ひとつ、思ったことがあります。

一昨年、母があちらの世界へ旅立ちました(父と私と弟の連名で喪主)が、色々な手配、事務処理、その他で、結構忙しかったのですが(ど田舎の葬儀は東京とは勝手が違い、大変です)、然程疲労感もなく、無事に葬儀を終わらせました。

亡くなった伯父は東京在住で、私の住まいのある新宿からは、一時間もかからずに伺うことが出来ます。
葬儀は、葬儀場をお借りして執り行いましたので(母の葬儀は実家で行いました)、時間を区切られるわけです。

で、本題です。
通夜、告別式に参列すると、異常に疲れるんです。
まるで、生を吸い取られているかのように……
私は心霊主義者ではなく、むしろ、霊の存在を否定しているのですが、葬儀から帰ると、いつも疲れていることに気がつきます。
亡くなった佛様が(仮に霊の存在があるとしても)そんなことするはずはありません。
伯父とはいっても、血のつながりはないわけで(父の妹の夫)、何か悪戯するにしても、妻や子供にする方が筋としては合っているわけです。

自分なりに答えを出してみました。
  • 読経する導師の姿やその場の雰囲気からの緊張
  • 残された者の気持ちを考えて、言葉を選ぶなど、気を使うために、精神疲労する

他にも沢山要因はあるのですが、やはり、色々な緊張が原因ではないかと思いました。




今日は、朝九時起きして、日中、葬儀参列後、そのまま十六時に出勤しました。
まもなく20時間起きていることになりますので、上まぶたと下まぶたが仲良くなりそうですww

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Comment
無題
かおちゃん・・・
そんな風に思ったらあかんよ!生気を吸い取られるって思ったらあかん!
霊があるかないかは私にはわからん!でも・・・生きてる人に関わっていられる程 あの世に暮らす人は暇ではないと思うねん。人の生き死にの話をすると勝手な解釈になってしまう。だからタブーになるんやけど、自分が死んだら悪戯なんかせぇへんやん!誰かを恨む事なんてせぇへん!霊と仏様は違う。死んだら魂だけになるから人偏にムと書いて仏になるんじゃないかな?なんや色々ごめんな。亡くなった人は偲んでもらった事有難く思ってはるで。疲れたら休みや・・・って思ってはるんやと思う。無理しないで身体に気をつけてくださいね。
Re:無題
しづきちゃん、ご心配かけました。
伯父は、私が上京したとき、色々と世話を焼いてくれて、学生時代の恩義を感じているんです。
そんな感情もあって、疲れが異常だったのかもしれません。
また、普段就寝している時間の行動だったし、結構強い雨が降っていて、寒かったのも原因の一つかもしれません。

佛は、あちらの世界でも仕事の虫でいると思うので、実際は、あちらの世界でも事業を立ち上げて、あちらの世界の生活基盤を作り上げ、その上でこちら側を見守っていてくれていると思います。

疲れは、超個人的なことが原因のようです。
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